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静岡地方裁判所 昭和50年(ワ)335号

原告

引田励

原告

内野偕美

原告

井石子

右原告ら三名訴訟代理人弁護士

白井孝一

田原俊雄

江森民夫

被告

学校法人常葉学園

右代表者理事長

木宮和彦

右訴訟代理人弁護士

吉田米蔵

主文

原告ら三名の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告ら三名の各負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告ら三名が被告の設置する常葉学園中学校及び常葉学園高等学校に勤務する教諭の地位にあることを確認する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 被告

被告は、昭和二一年六月八日静岡女子高等学院として発足し、同二三年二月二〇日財団法人となり、同二五年一二月七日組織変更して学校法人となり、その間、昭和二三年四月一日常葉中学校を右学院に併設して開校した。右学院は昭和二六年一〇月常葉高等学校と改称したが、その後両校は常葉学園中学校、常葉学園高等学校(以下両校を「常葉中・高校」という)と改称し、現在に至っている。常葉中・高校は、静岡市水落町一番三〇号に所在し、両校とも女子校である。

被告は、昭和三八年四月八日静岡市瀬名一二六八に橘高等学校(後に常葉学園橘高等学校と改称)を開校、昭和四〇年橘中学校(後に常葉学園橘中学校と改称)(以下両校を「橘中・高校」という)を併設し、現在に至っているが両校とも男子校(ただし、音楽科のみは、女子学級)である。

さらに、被告は、昭和四七年四月七日常葉短大菊川高等学校(後に常葉学園菊川高等学校と改称。以下「菊川高校」という)を開設したが、同校は女子校である。

被告は、右各学校の他に幼稚園、小学校、短期大学、四年制大学を設置している。

(二) 原告ら三名

原告引田は、昭和三六年四月一日常葉中・高校教諭として雇用され、保健体育科等を担当してきた。

原告内野は、昭和三四年四月一日常葉中・高校教諭として雇用され、主として理科を担当してきた。

原告井石は、昭和四二年四月一日常葉中・高校非常勤講師として雇用され、翌年教諭として雇用され、国語科等を担当してきた。

(三) 配転

被告は、昭和五〇年三月二五日、原告ら三名に対し、同年四月一日をもって橘高校へ配転する旨の意思表示(以下「本件配転」という)をしたとして、原告ら三名の常葉中・高校に勤務する教諭としての地位を争っている。

2  配転に至る経過

(一) 昭和四九年以前の配転の経過

被告においては、昭和二一年から昭和四九年に至る二八年間、一般教職員の配転につき、本人の意思を無視したり、教育的な配慮を欠いた配転は実施されなかった。

被告の設置する学校が常葉中・高校だけであった昭和三八年に、橘高校が新設されたときも、新規募集によって教職員を採用し、既存の常葉中・高校からの配転は実施されなかった。

また、昭和四七年菊川高校が新設されたときも、管理職及び特に本人の承諾のあった教職員を除いては、既存の学校からの配転は実施されなかった。

(二) 昭和四九年度の配転交渉と労働協約の成立

(1) 被告代表者理事長木宮和彦(以下「被告代表者」という)は、昭和四九年二月中旬常葉学園教職員組合(以下「常葉教組」という)との団体交渉の席上突然、「配転の内容を三月二二日決定し、三月二五日全員に対し発表する。配転は夫婦者及び十年以上同一職場に勤務する者を対象とする。」旨配転の通告をし、この通告は、全教職員に対し、同年三月一一日公表された。

(2) 常葉教組は、同日被告代表者と団体交渉したが、被告代表者は、配転の必要性を合理的に説明できなかった。

(3) 同年三月一八日開催された常葉教組総会において、執行部は学園経営者は人事権を濫用しないことなどの要求を内容とする労働協約を被告と締結することを提案し、協約締結実現のためストライキ権を確立するとともに署名運動を展開し多数の署名を得た。

(4) このような支持を背景に、常葉教組は配転の内示予定日を三日後に控えた同年三月一九日、被告代表者と団体交渉をし、前記配転基準の撤回と協約締結を要求したところ、被告代表者は、態度を軟化させ、次のように回答した。

ア 人事権を濫用しない。

イ 配転の必要があるときは三か月以前に基本方針を発表する。また希望調査を行ない、その結果を明らかにする。

ウ 配転については組合と協議する。組合から要請があれば話し合いを拒まない。

エ 配転対象教職員と必ず話し合って、合意に達するようにする。

(5) 同年三月二〇日協約締結のための団体交渉が行なわれ、同日午後七時半頃、およその合意が成立して協約の文案作成に着手し同日午後九時過ぎ頃、文案が完成し、これに基づき後日常葉教組と被告間に、覚書が取交わされ、次のような協約が締結された。

「 覚書

より教育効果のあがる人事配転・交流ならば、夫婦・勤続年数にこだわらないで人事配転・交流に双方とも協力する。ただし、昭和四九年度の配転・交流はしない。

配転・交流についての配慮すべき合意事項

一  組合員・非組合員にかかわらず差別しない。

一  長期病気治療中・産休中・育児中(出産一年以内)の場合は実施しない。

一  一月中に基本方針を示し、希望を聴取し、できるだけ配慮する。

一  二月中に対象者に原則として意向を示す。

一  組合三役(執行委員長・副執行委員長・書記長)については組合の意見を考慮する。」

従って、昭和四九年度の配転は実施されなかった。

(三) 昭和五〇年の配転の経過

(1)  昭和五〇年一月一三日一〇年以上同一職場に勤務する者と夫婦者を対象とする配転の基本方針が常葉中・高校、橘中・高校、菊川高校の各校長からそれぞれ発表された。

常葉教組は、同月二五日被告と右基本方針について団体交渉をし、被告代表者は、団体交渉の席上次のような約束をした。

ア 組合との協約はそのとおりに行なう。配転は教育効果を上げることに第一の目的があるので、夫婦者、一〇年という勤務年数にこだわるものではない。夫婦者、一〇年以上同一職場に勤務する者といっても対象者を全員配転するということではない。三年以上勤務する者は全員対象になる。配転によって職場を混乱させることは本旨ではない。

イ 実情を無視した配転はしない。本人の納得のいくよう努力する。内示の時でも本人の事情をよく聴く。

ウ 本人の納得がいかない配転であるなら、組合員である本人にかわって組合と話し合ってもよい。

エ 組合の団結権は侵害しない。

この約束によって、被告は、当初の基本方針を事実上撤回したものである。

(2)  昭和五〇年二月二八日次(左表・編注)のとおり配転の内示がなされた。

<省略>

(3)  昭和五〇年三月八日、団体交渉が行なわれたが、被告代表者は、全く誠意を示すことがなかったので常葉教組は、被告の基本方針の是正を求めるためのストライキ権を確立した。

(4)  常葉教組は、同月一七日、被告に対し「本人の意志を尊重すること。」等四項目にわたる要求をし、以後同月二五日まで十数回の団体交渉と四波にわたるストライキを行なった。

(5)  被告は同月二五日、配転を内示どおり決定して強行し、原告ら三名を含む組合員は、配転に不服である旨の内容証明を送付した上で、同年四月一日それぞれ転勤した。

(四) 昭和五〇年以降の配転

昭和五〇年から同五五年までの六年間の配転は次のとおりである。

六年間の配転者は合計五七名(管理職一一名、一般教員四六名)であり、一般教員の総数は一六五名(うち組合員六〇名)であった。その四六名の一般教員配転者のうち、組合員は三〇名で一般教員配転者中に占める比率は六五パーセントである。その間に全組合員中五〇パーセントの者が配転させられたが非組合員は一五パーセントの者しか配転させられていない。また総一般教員配転者四六名中、配転希望者は一一名、非希望者は三五名であった。

3 本件配転の無効

しかしながら、本件配転は以下の理由により無効である。

(一) 労働契約違反

本件配転は、原告ら三名の同意がない労働契約の一方的変更であるから無効である。原告ら三名は被告に就職する際、常葉中・高校を勤務場所とする明示ないし黙示の契約を締結した。すなわち、原告引田、同内野が就職した当時、被告には常葉中・高校しかなく、両校が女子校であり、両原告とも、それぞれ当時の学校の特色を検討して応募し、また、私学の特性から配転がなく同一場所で永続して教育活動ができることを重視した。就職の際、将来学校を増設する予定や、これに伴なう配転については一切告げられてもいない。

原告井石については、一年間の非常勤講師として勤務後、教諭として採用されたが、当時、すでに橘高校が増設されていたにもかかわらず、配転については何ら告げられなかった。しかも、同人に対する辞令は常葉高等学校教諭を命ずるというものであって、勤務場所は特定していた。

また原告ら三名の職種は、教育にたずさわる専門職であって、職種の内容からいっていかなる形体の学校で、いかなる勤務につくかということは職業の性質上きわめて重要な要素となっているとみとめるべきである。したがって、その勤務校は雇用にあたって特定されていたとみとめるべきである。

さらに原告ら三名は、常葉中・高校に勤務後、かなり長期にわたって同校に勤務し、しかも、その間他の学校が増設されたにもかかわらず、それぞれ独自に教職員が募集され運営されているのであって、右長期間の勤務により、原・被告間においては、勤務場所は黙示に特定されたとみとめるべきである。

しかるに、被告は、原告ら三名の同意がないのに本件配転を実施した。

(二) 労働協約違反

本件配転は、前記協約(覚書)に、以下のとおり違反している。

第一に、本件配転は、協約前文中の「より教育効果のあがる人事配転」という内容に違反し具体的な教育上の必要性、合理性は全く配慮されず、かえって教育阻害を引きおこすような配転である。

第二に、本件配転は、協約前文中の「夫婦にこだわらない」という内容に違反し、具体的な教育上の必要性もないのに、夫婦者を全て配転の対象としたものである。

第三に、本件配転は、協約前文中の「勤続年数にこだわらない」という内容に違反し、具体的な教育上の必要性もないのに勤続一〇年目以上という基準を口実としたものである。

第四に、本件配転は、協約第一項の「組合員、非組合員にかかわらず差別しない」という条項に違反し、組合員である原告ら三名を意図的に非組合員と差別したものである。

第五に、本件配転は、協約第三項の「一月中に基本方針を示し、希望を聴取し、できるだけ配慮する」という条項に違反し、形式的に希望聴取のアンケートを行なったのみで実質的には希望は全く配慮されずに行なわれたものである。

第六に、本件配転は、協約第四項の「二月中に対象者に対して意向を示す」という条項に違反しており、原告ら三名には、内示の段階では全く事実無根の虚偽の配転理由が示され、正式辞令に至る間の団体交渉では、「適材適所とか人事の刷新」などという抽象的な理由しか示されず、更に本件訴訟に至ってからは「夫婦者」と「一〇年目以上」という新たな理由が主張される有様であった。

第七に、本件配転は、協約第五項の「組合三役(執行委員長、副委員長、書記長)には組合の意見を考慮する」という条項の精神に違反し、脱法行為的に静岡県私学教職員組合連合(以下「私教連」という)書記長引田及び常葉教組書記長井石の妻である原告井石を配転し、団結権を侵害した。

(三) 不当労働行為

本件配転は以下のとおり不当労働行為として無効である。

前記3の(二)記載のとおり、本件配転は常葉教組の組合員に対する差別的配転の一環として実施されたものである。

組合員中、原告ら三名は中心的活動家で、被告の常葉教組攻撃の対象としてねらいうちされたものである。

すなわち、原告引田は常葉教組創立準備活動から参加し、創立後、執行委員長、書記長等の役員を歴任し常に指導者として活躍した。本件配転当時、上部団体の私教連の書記長として、静岡県下の私学労組の指導をするという重職にあり、本件配転をめぐる闘争に重要な役割を果した。

原告内野は、常葉教組創立準備活動から参加し、創立後は副委員長を歴任するなどして活動した。

原告井石は、非常勤講師当時から常葉教組に参加し、賞与支給闘争を行なうなど活発な活動を行ない、その後も中心的活動家の一人である夫の井石誠一とともに積極的に組合活動を行なっている。

特に、原告引田、原告井石に対する本件配転はストライキに対する懲罰的なものである。

(四) 労使慣行違反

被告は、発足以来昭和五〇年四月一日配転にいたるまで、教職員の意に反し、しかも大量に配転を行なうことはなかったもので、こうした前例は確立した労使慣行となっている。

右慣行に反した本件配転は無効である。

(五) 人事権の濫用

本件配転は、以下のとおり人事権の濫用として無効である。

(1)  人事権に対する一般的制約

使用者の持つ人事権は、労働者の生存権や労使間に機能する信義則等の観点から以下の三点で制約される。

第一に、人事権の行使は、企業目的達成のための合理的な必要性から行なわれなくてはならない。

第二に、たとえ企業目的達成のため配転が必要であっても、配転によって労働者の生活に重大な支障を与える結果を生ずることは許されない。すなわち労働者の不利益をこえる程度の業務の必要性を要する。

第三に、労使関係は長期にわたる継続的な契約関係であり、そのことから人事権の行使は、信義誠実の原則に沿ったものであることが要求される。従来から一定の場所に就労していた者を他に配転することは、労働者個人にとって労働条件の重大な変更であるから、労働者個々人に配転の必要性について説明し、できうる限りの本人の納得をうるよう努力し配転後も個々の労働者が意欲をもって労働できるように配慮する必要がある。

ところで、教員は、教育という重大な職責を負い、職務遂行に自立性、自主性が強く要求され、その身分保障が他の職種以上に強調されている。このようなところから教員に対する使用者の配転には、さらに次の四つの制約がある。

第一に、配転は、教員自身の教育活動や学校の教育活動を阻害するものであってはならない。

第二に、配転は、学校全体の教育活動を阻害するものであってはならない。

第三に、配転は、単に教育活動を阻害しないという消極的な要素だけではなく、積極的に教育活動を助長するものでなければならない。

第四に、配転は、本人に納得を求める手続きが必要であり、本人の意思に反する配転を一般的に予定したものであってはならない。

このような原理に基づいてさきにのべた人事権制約の一般法理をより厳格に解釈すべきである。

(2)  被告主張の配転理由の不存在ないし不合理性

被告は、本件配転理由として、配転のないところには人事の停滞が生まれるので、三高校併設の環境のもとに、各高校間を一〇年毎に配転し人事の刷新をはかる必要があると主張するが、私学教育の特性は、各校に特色のある教育目的があり、又、これをになう特徴をもった教職員の集団が存在していることにある。卒業生や父母とのつながりも、こうした中で深くなっている。こうした特性は、学校法人が数校を併設する場合もとくに変わるわけではない。男子校、女子校の別、受験対策の違い、教職員集団の特性からいって、配転が教育目的向上に合致するとは到底いえない。被告主張の配転理由は、要するに配転すること自体に意味があるというのであるが、こうした抽象的な配転理由は、人事権の行使として合理的なものとはいいがたい。被告は、現在では三年以上同一職場に勤務する者は配転対象者とするという原則を主張しており、一校に一〇年以上勤務すると人事が停滞するという被告の主張は根拠を失いつつある。

また、被告は夫婦が同一校に勤務する状況は解消すべきであると考え、配転を行なっていると主張し、昭和五〇年原告井石、同内野を含む四組の夫婦の一方を配転した。

しかし、このうち三組の夫婦は結婚以来かなりの年月がたっているが、これまで夫婦が同一校に勤務することによる不合理性を問題にされたことは一切ない。

原告内野、同井石、宮嵜が結婚した際、退職を強く勧奨されたことがあるが、配転を示唆されたことはない。かえって、被告代表者と原告内野、同井石間では、今後具体的な支障が出れば話合おうと合意がなされ、以後、問題とされることなく経過しているのであって、夫婦だから勤務場所をわけるということも、配転の必要性についての合理的根拠とはならない。

さらに、本件配転の結果、被告の設置する各学校の教育目的達成等に次のように重大な支障を与えている。

橘高校より転出する宮嵜睦子教諭の得意分野が生物であるのにもかかわらず、物理を得意とする原告内野を宮嵜の補充として配転したため、同高校での各教員の担当教科に大きな混乱をきたした。得意とする分野以外を教えることが絶対的に認められないものとはいえないにしても、配転をしてかえって混乱を増大させることに何等の合理的理由はない。原告引田についても、常葉中・高校の体育主任として水泳指導を行なってきており、配転後も常葉中・高校での指導を手伝うといった状況である。原告引田の場合、長年にわたり指導育成したソフトボールクラブから離され、原告内野、同井石が指導育成したPHCクラブは本件配転後活動を止めている。

教員個々人の教育活動というものは、ある程度の期間があってこそ、その目的が達成されるものである。そして教員は、それぞれの研究課題、意欲を持って目的達成に努力している。こうした教育活動は学校教育において最大限尊重すべきである。原告引田は、女子高校教育における生徒の自主的活動をいかにのばすかを考え、女子の体育指導、特に水泳指導に力をいれ教師集団の中で活動していた。原告内野は、物理教育を女子の中にどうすすめていくか、又、班学習を含む主体的学習をどう育てるかを研修していた。原告井石は、二、三学年生徒の指導で、低学年からのクラブづくりをどうすすめるかを考えてきたのであって、その研修への意欲、努力を軽々に否定することは、学校教育の向上そのものの阻害である。

そして、本件配転後の原告ら三名に対する処遇からも本件配転が教育目的を向上させるものではなかったことをうかがうことができる。すなわち、原告ら三名は学級担任希望を持っているにかかわらず、現在まで担任学級を持たされていない。特に、原告井石の場合、他の教諭が担任を希望しておらず、同原告が副担任から担任になることを校長が認めていたのに、担任にされていない。教育目的達成を重視するならば、たとえ、係争中であっても原告らの積極的な意欲をくむのが当然である。

(3)  原告ら三名の各種不利益

原告ら三名は、本件配転によって生活上、組合活動上、教育活動上の各種の不利益を著しくうけた。

生活上の不利益は、原告井石、同内野に著しい。

両原告とも夫婦共働きであるから、合理的な生活設計に基づいて住居を定め、通勤時間の短縮を図り、子女の通学通園の便を得たりしてきた。

原告内野についていえば、かつては清水市に居住していたが、通勤途中に子供を保育園に預けると子供も朝早く家を出ざるをえないため本件配転直前の昭和四九年一一月、高価ではあったが家屋を取得し現住所に転居したのである。そして保育園も通勤の途上にあり理想的だった。ところが本件配転でかえって保育園が遠くなり、むしろ清水にいて清水市の保育園に入れたほうがよいといった状態になった。その他、かかりつけの病院をかえたりするなど日常生活上の不便も大きい。

原告井石の場合、二人の子供をかかえているため病気の際など現在の勤務校では著しい困難がある。常葉中・高校勤務時代であれば昼の休憩時間や手すき時間を利用できたが、現在は半日休んだりタクシーを利用せざるをえなくなっている。この結果、医師、設備が整った病院に通わせることができず、子供の病気を肺炎から気管支喘息にまで悪化させることにまでなった。

又、原告引田の場合、私教連の役員という立場から私教連事務所へ行く必要性が大きいが、往復に時間がよけいにかかり、組合活動上の支障が生じて右役職をやめざるを得なくなっている。

教育活動上の不利益は前記3の(五)の(2)のとおりである。

(4)  信義則違反

被告は、原告ら三名に対し説得の意欲さえ示すことなく、不誠実な態度で終始し、また、本件配転の理由には虚構が多く、本件配転にあたり、原告ら三名の教育活動の意欲や状況がまったく無視され、顧みられていないのであるから、このような本件配転は信義則違反として無効である。

4 結論

よって原告ら三名は、被告に対し、請求の趣旨記載の判決を求める。

二  請求原因に対する認否

1(一)  請求原因1の(一)の事実は認める。

(二)  同1の(二)の事実のうち原告ら三名が被告の設置する常葉中・高校教諭と特定してそれぞれ雇用されたことを否認し、その余は認める。被告は、原告ら三名を、それぞれ被告法人常葉学園教諭として雇用したものである。

(三)  同1の(三)の事実は認める。

2(一)  同2の(一)の事実は否認する。

(二)  同2の(二)の事実のうち、被告が昭和四九年三月一一日「配転を三月二二日に決定して三月二五日発表する」と公表したこと、団体交渉があったこと、原告主張のような覚書を取交わしたこと、昭和四九年度の配転は実施されなかったことは認めるが、その余は否認する。なお右覚書の有効期間は一年と約定されていた。

(三)(1)  同2の三の(1)の事実のうち、昭和五〇年一月一三日、原告ら主張のような人事の基本方針が発表されたこと、被告代表者がその方針について「教育効果のあがることを目的とする。その見地から三年目以上の者及び夫婦者は結果的に配転対象となるであろう」と表明したこと、団体交渉の際に覚書の趣旨を尊重して対処することを表明したことは認めるが、その余は否認する。

(2) 同2の(三)の(2)の事実のうち、内示一覧表の組合加入の有無欄は不知、その余は認める。ただし、同一覧表の教科欄に理科(生物)、理科(物理)、理科(化学)とあるのは、いずれも理科であり、渡辺は当初配転を希望していたものである。

(3) 同2の(三)の(3)の事実のうち、三月八日団体交渉があったことは認めるが、その余は否認する。

(4) 同2の(三)の(4)の事実のうち、団体交渉のあったこと、常葉教組から原告主張のような要求があったことは認めるが、その余は否認する。

(5) 同2の(三)の(5)の事実のうち、常葉教組及び本人の意思を無視したとあるのは否認し、その余は認める。

(四)  同2の(四)の事実は不知。

3(一)  同3の(一)(労働契約違反)の主張は争う。

被告は、「常葉学園教諭を命ず」る辞令を交付し、包括的に常葉学園教諭として教員を採用するのである。そして、生徒数(従って学級数)、教科その他の事情を勘案考慮して、具体的個別的に勤務すべき学校を指定して配置していたのであって、常葉中・高校を勤務場所として特定して労働契約を締結してはいない。

仮りに、勤務場所を特定した契約であるとしても、常葉中・高校と橘高校は、同じ静岡市内にあり、距離的にも僅かに約五・五キロしか離れておらず、バスの便もあるし、前述のように原告ら三名の生活に重大な被害も影響も与えておらず、労働契約の要素の変更とみるべき実質はない。

(二)  同3の(二)(労働協約違反)の主張は争う。

覚書前文中の「教育効果」という点に関し、判断権を持つのは被告であり、教育効果向上のために執るべき措置ないし方策は、学校法人の真摯な判断による裁量に委ねられているのである。そして被告の判断の妥当性は過去三〇余年の実績が客観的に実証している。

覚書前文中の「夫婦・勤続年数にこだわらないで人事配転・交流に双方とも協力する」との文言の趣旨は、教育効果のあがることならば、夫婦者であっても、また、勤務年数が何年であっても、組合は協力する、との意味である。およそ、人事権が被告にある限りは、被告が人事配転、交流に「協力する」ということは論理上ありえない。人事配転、交流に対し協力するか否かは組合の側である。

従って、「双方とも協力する」とは、被告は、その人事方針及び覚書の事項を守って人事配転を実施することを約し、組合は従来の反対論議にこだわらず協力する、という趣旨である。

覚書第一項にのっとり、組合員と非組合員の差別は全くしていない。組合からは誰が組合員であるか発表されていないので、被告としては誰が組合員であるかも知らない。

覚書第二ないし第四項については、被告法人はそれを遵守しており、何ら問題はない。

覚書第五項にいう「組合三役」の「組合」とは常葉教組のことであり、団体交渉などで具体的に氏名まで特定して論議されているものである。私教連のことではない。

(三)  同3の(三)(不当労働行為)の事実のうち、原告ら三名が組合に所属する活発な組合員である点は不知、その余の主張は争う。

(四)  同3の(四)(労使慣行違反)の主張は争う。

(五)  同3の(五)(人事権濫用)の主張は争う。

(1) 一般的配転基準

被告の人事の基本方針は、建学の理念に基づき、教育効果を向上させることを指導理念としている。

各学校は、学級数、教科目及び教科時間数により定められた必要教員数で運営されているが、必要教員については、退職者、異動特別希望者並びに新規採用者の有無及びその員数、経験年数、教科指導及び生活指導の練度、その他諸般の事情を総合勘案して、配置を定めるのである。その際、教員の個人的事情について、他に支障がない限り十分考慮しているのが実情である。

生徒(特に、高校生徒)の、教員を視る目は予想以上に厳正であって、教師の使命感、情熱、研鑽の有無及び程度などは生徒に敏感に反映し、教育効果に著しく影響を及ぼすものである。このため、教員は常に真剣に溌剌として教育に専念することが必要であり、無気力ないし惰性で行動することは厳に慎しまねばならない。しかし教員も人間であり、人間の常として、同一職場に余り長期間勤務するときは、惰性に流れ易いのが実情である。そこで、人事の停滞を打破し、溌剌の気風振興の一助として、同一職場に相当長期間勤務した者は配転させることが必要である。この配転は、教育効果向上とともに、その教員自身にも資することとなる。教員が新しい職場で異なった教育経験をすることにより啓発され、視野を広げ、資質の向上に役立てることができるのである。この「相当長期間」という点につき、具体的には一〇年間を一応の基準とした。ただし、この「一〇年間以上」というのは、唯一絶対の基準ではなく、一〇年間以上の者で前記弊害がなく、特別の事情がある場合は適用されない。そして、この判定は、終局的には、教育効果の向上という指導理念に基づいて被告が行なうのである。

また生徒、特に高校生徒は男女とも情感の高まる年代であって、感受性や好奇心が極めて強い。このため、生活指導、特に、情操教育について、日常接する教員の全人格が極めて大きな影響を及ぼすものである。従って、教員の全人格の完熟度が重要であり、過度の生活臭は好ましくない。また、学校という特殊な職場に、夫婦者という特別な人間関係が介在することは、人事管理上複雑微妙な要素をかもし出すことがあり、この見地からも好ましくない。これらのことは、具体的な夫婦者の教育態度とは直接には関係なく、一般的影響である。

従って、同一校の教職員間に夫婦者が勤務する状況となったときは、学校という職場の特殊性にかんがみ、夫婦の一方を他の学校に配転する必要がある場合が多い。ただし、この「夫婦者」という基準も、唯一絶対のものではなく、夫婦者であっても前記影響が極めて少ない特別の場合は適用されないし、これも教育効果の向上という指導理念に基づいて被告が判定するのである。

被告は、当初、常葉中・高校のみを設置していたので配転は不可能であった。しかし、その後、橘高校及び菊川高校を増設したので、各学校間での配転が可能となり、相関的に配転の必要性が現実化した。

(2) 昭和五〇年春の配転について

同年度は、前記覚書に従って配転した。配転基準は、教育効果の向上ということであるが、より具体的には、適材適所、清新溌剌、生徒指導の充実を意図し、できる限り一校一教科一名、同一校につき総教員数の一割以内とした。

その結果、四組の夫婦者は、いずれも夫婦の一方が異動し、同一校に勤務する夫婦者がいないこととなったが、これは、教科を中心に考慮し、教育効果の向上を基準としたためであって、男女差別ではない。

また異動については、次に述べるように各原告ら三名の便益も考慮した。

原告引田は、清水市から自動車で通勤しているのであって、常葉中・高校よりも橘高校の方が近く、通勤にはかえって便利である。勤務時間外に私教連などに行くことの便不便は、労働条件に関係がなく、被告の関知することではない。

原告内野も自動車で通勤しているのであって、自宅からは常葉中・高校よりも橘高校の方が近く、通勤には便利である。もっとも、原告内野は通勤途中保育所に子女を預ける便不便を主張するが、勤務と無関係のことである。実際上も僅かな距離で、自動車では数分のことであるし、朝、少し早く家を出れば解決する問題である。

原告井石は若干通勤が不便となったが、学園バスや静鉄バスもあるし、一般の通勤者の事例と比較すれば、著るしく不便ではなく、受忍できない程ではない。なお、子女の病気の措置の便不便をいうが、勤務とは無関係のことである。実際上も、同原告の夫の母がいるし、自宅附近にも医院もあるし、特に不自由はない。常葉中・高校の近くには県立中央病院があるが、中央病院には受診していなかった。

このように原告ら三名については、特に実害はない。仮りに若干の不便が生じたとしても、受忍すべき限度内のことであるから本件配転を違法ならしめる程の不便ないし苛酷なものではない。

なお、原告ら三名は教科研究の中断による被害を主張するが、教科の進行や研究については被告及び学校長の責任と判断で統括して処理している。原告ら三名が個人的に教科を研究することは自由であるが、学校運営については学校長が判断し、学年主任や教科主任などに指示連絡しながら進めるのであるからこれに従うべきである。仮りに、原告ら三名の意図していた授業計画が配転の結果実施できなくなったとしても、教員の教育権の独立を侵害したことにはならない。ましてや、原告ら三名が個人的に参加しているなんらかの集団ないし組織の研究結果を実施できないからといって、本件配転を非難するのは容認できない。

本件配転に対し、原告ら三名を含む全員は、それぞれの配転校に赴任し、勤務した。配転を否認したり、赴任拒否をするほどには不当でないと判断したためである。配転後、各教員はそれぞれの勤務校になじみ、それぞれ努めていて、配転による悪影響はない。原告ら三名についても、本件訴訟はあるものの、他には具体的悪影響はない。

結局、本件配転による悪影響ないし支障はなく、かえって、清新の気風が生じ、活発化し、各学校の成績は向上している。

第三証拠(略)

理由

一  争いのない事実

請求原因1の(一)(被告の学校設置状況)、同1の(二)(原告ら三名が被告の教諭として雇用されたこと。ただし、常葉中・高校を勤務場所と特定して雇用されたか否かを除く)、同1の(三)(配転命令の存在)の各事実は、当事者間に争いがない。

二  本件各配転に至る経緯

(証拠略)を総合すれば、以下の事実が認められる。

被告は、設立以来順次、中学校、高等学校、短期大学などを増設し(この事実は当事者間に争いがない)、教職員を増員してきたが、新設校については教員の新規採用が大量に行なわれ、既設校からの転任は少なかった。

昭和四七年、菊川高校新設のときも、新規採用者をあてたほかには転任を承諾した四名の教諭が常葉高校から菊川高校へ異動したに過ぎなかった。

ところで、被告代表者は、その設置する各中・高校間の計画的な人事異動を実施したいとかねてから考えていたが、昭和四九年二月中旬、常葉教組との団体交渉の席上、同年春から人事異動を実施する意向を表明した。

そして、被告代表者は、同年三月一一日被告に勤務する全教職員に対し「配転を三月二二日決定し、三月二五日発表する。」と公表した(この事実は当事者間に争いがない)。

しかし、右のとおり、内示直後に配転を実施するという急なもので、しかも、事前の説明や交渉がなく将来の展望も明らかでなかったことから、教職員らに不安動揺が生じ、常葉教組の反発を受け、常葉教組は人事異動の必要性について、被告代表者に説明を求め被告代表者はそれに応じたが、同組合は被告代表者の説明を納得できなかった。

このような事態を迎え常葉教組執行部は「学園経営者は人事権を濫用しないこと」などの要求を内容とする労働協約を被告と締結する運動方針を決め、協約締結実現のためストライキ権を確立するとともに協約締結を要請する署名運動を行なった。

常葉教組は、被告と配転に関する団体交渉を重ね、昭和四九年三月二〇日、被告との間に合意を成立させ、翌年以降に人事異動を実施することを前提とする「覚書」と題する同日付の書面により労働協約が締結され、昭和四九年春の配転は希望者を除き行なわれなかった。

昭和五〇年春の人事異動期を前にして、同年一月一三日、常葉、橘、菊川三高校の各校長を通じ、一〇年以上同一職場に勤務する者及び夫婦者を対象とする配転の基本方針がそれぞれ、発表された。

常葉教組は前年締結した協約に反するとして、被告と配転の方針について、何回かの団体交渉を行ない、被告代表者は団体交渉の席上「組合との協約はそのとおりに行なう。異動は教育効果をあげることに第一の目的があるのであるから、夫婦者、一〇年という勤務年数にこだわるものではない。夫婦者、一〇年以上同一職場に勤務する者を全員配転するということではない。三年以上同一職場に勤務する者は配転の対象とする。」と言明した。

同年二月二八日本件配転を含む配転が内示され、各校長から内示理由の説明があったが、常葉教組は、原告ら三名を含む対象者について配転理由を明らかにすることを要求して団体交渉をしたが、その席上被告代表者は、「人事の刷新のためである。個々の事情を聴いて人事異動はできない。学園全体の立場に立って、私が良いと思ったので行なう。」などと回答し、個別具体的な理由を明らかにしなかった。

常葉教組は右回答を不満とし同年三月一七日被告に対し、

「<1> 本人の意思を尊重すること。

<2> 教育中心の人事とはずれた、独裁的な配転はしないこと。

<3> 校長に教育現場の責任をもたせること。

<4> 配転によって労働条件が悪化しないよう保障すること。」

を要求し、その後四回にわたり、始業時の時間ストライキなどを行なったが、被告は、同年三月二八日、原告ら三名を含む配転を内示どおり実施する旨の意思表示をした(原告ら三名については、当事者間に争いがない)ので、原告ら三名を含む組合員は、被告に対し、配転を納得しない旨記載した文書を送付したうえで、やむなく同年四月一日から配転先の各学校で勤務についた。

以上のとおりである。(人証略)及び原告ら三名各本人尋問の結果中右認定に反する供述部分は措信できず、他に、右認定を覆すに足る的確な証拠はない。

三  本件各配転命令の無効原因の有無

1  労働契約違反の点について

一般に労働契約の締結によって、使用者は労働者から提供を受けた労働力の処分権を取得し、その裁量に従い、この労働力を按配して使用することができるものであって、当該労働契約において特に勤務場所についての合意がなされていない限り、使用者はその裁量によって具体的、個別的に勤務場所を決定することができると解すのが相当である。

そこで、本件において原告ら三名が被告と締結した労働契約において常葉中・高校を勤務場所と特定し本人の同意がなければ配転をしない旨の合意があったか否かについてみるに、被告は原告内野が雇用された昭和三四年から、原告引田が雇用された昭和三六年にかけて、常葉中・高校(女子校)のみを設置していたが、昭和三八年、橘高校(男子校、ただし音楽科女子学級がある)を増設し、同四〇年、橘中学校をこれに併設したこと、原告井石は昭和四二年に非常勤講師、翌年教諭として雇用され、常葉中・高校で勤務していたこと、さらに、被告が昭和四七年菊川高校(女子校)を増設したことは、前記のとおり当事者間に争いがなく、本件配転まで、各学校間で定期人事異動がなかったことは前記認定のとおりであり、また、原告ら三名各本人尋問の結果によれば、原告ら三名は、一般的に私学では配転のないことや、当時の常葉中・高校の特に女子校としての特色に関心を寄せて被告に勤務したこと、当時、被告には配転に関する一般的な規定はなく、被告は右原告ら三名を雇用する際、将来、学校を増設する予定やこれに伴なう配転について告げていないことが認められ、(証拠略)によれば、原告井石の採用辞令には「常葉学園常葉高等学校教諭に任ずる」との記載があることが認められる。

しかし、原告引田及び同内野については、右認定のように、同人らが雇用された際には、常葉中・高校しか設置されていなかったのであるから、その当時配転に関する一般的な規定がなく、被告から配転について何ら告げられていなかったのは当然であり、また原告井石については、常葉中・高校と橘中・高校とが併存する段階で前記のような採用辞令の交付を受けてはいるが、右辞令の記載は、被告法人教諭としての採用と、常葉高校への勤務命令を合わせたものとみるべきであるといえる。そして当時、都市人口の増加、進学率の向上に伴って、被告のような私立学校法人が順次、中学校、高等学校等を増設して、その規模を拡大していく状況にあったことは、当裁判所に顕著な事実であって、静岡市内で勤務しようとする教育関係者であれば、被告の伝統、校風、教育方針にその立地条件等を照らし、被告が将来、前記のように順次、学校を増設しこれに伴いその教員が勤務場所を変更することがありうるものとの予想は十分に可能であったし、前記二に掲げた各証拠によれば常葉教組執行部が被告と協約を締結する運動方針を決めた際に配転の必要があるときは三か月以前に内示すること、配転について事前に常葉教組と協議すること、本人の意思を尊重すること等を協約案の骨子とし、必ずしも、組合員が雇用の際勤務場所を指定されていたものであるから配転につき予め組合員の同意を必要とする等の硬直した内容ではなかったことが認められ、さらに、学校新設時に既存校からの配転がなかったのは、大巾な大学新卒者の採用という形で必要教員をまかなってきたからであることなどからすると、前記認定事実によっては、原告ら三名がいずれも被告に雇用された際被告との間に常葉中・高校を勤務場所と特定する明示ないし黙示の労働契約を締結し、配転につき予め同意を必要とする合意が成立したものと推認するには足りないし、原告ら三名の職種の内容自体からただちに労働契約上勤務場所が、原告ら三名主張のように特定されていたものとみることも失当であるし、また、長期間常葉中・高校に勤務したことによって、ただちに、同校が勤務場所と黙示に特定されたものとすることもできない。結局、原告ら三名主張の労働契約違反の事実を認めることはできない。この点についての原告ら三名各本人尋問の結果は、にわかに採用することができず、他に原告ら三名主張のような勤務場所特定の事実を認定するに足る証拠はない。

2  労働協約違反の点について

(一)  まず、昭和四九年三月二〇日付「覚書」(<証拠略>)により、被告と常葉教組との間に請求原因2の(二)の(5)記載のとおりの「より教育効果のあがる人事配転・交流ならば、夫婦・勤続年数にこだわらないで、人事配転・交流に双方とも協力する。但し、昭和四九年度の配転・交流はしない」という前文に始まる五項目の内容の配転に関する協約が成立したことは当事者間に争いがなく、(証拠略)によれば、右協約には

「なお、この覚書の有効期間は一ケ年とする。

この覚書の解約は、文書による予告によるものとし、解約しない限りその効力は存続するものとする。」

との後書部分が付されていることを認めることができる。

(二)  協約前文について

協約前文の趣旨は常葉教組は、より教育効果のあがる配転であれば配転に協力する、被告は、夫婦者、勤務年数の基準に形式的に該当してもそれだけの理由で配転はしないという趣旨と解すことができる。ところで、教育効果の判断に教育上の見地に立った専門的な総合判断が必要であることは言を俟たないところであって、教員の配転による教育効果は学内全般の事情に通暁した学校当局者の広範な裁量に任すのでなければ、適切な結果を期しがたいといえるのであるから、協約の前文にある「より教育効果のあがる配転」であるか否かの判断は、このような裁量に任されるものといわねばならない。

特に、私立学校においては、建学の精神に基づく独自の伝統、校風、教育方針によって社会的存在意義が認められ、生徒もそのような伝統、校風、教育方針のもとで教育を受けることを希望して入学するものと考えられるのであるから、右伝統、校風、教育方針に従いいかなる配転を行なうかは原則として当該学校当局者の裁量に任せられているというべきである。

従って明らかに教育効果を著しく阻害するような、裁量権の濫用と認められる場合でない限り、配転を無効と断定することはできない。

(証拠略)を総合すれば、原告内野は、その担当科目である理科の中でも物理を得意としてきたが、同原告は、生物を主に担当してきた宮嵜睦子の後任として配転されたため、橘高校では、物理以外の分野を担当しなければならないことになったが、物理担当予定の他の教師が、譲ってくれたので物理を担当できたこと、本件配転によって原告ら三名の女子教育に傾注した努力、研修が中断を余儀なくされたことが認められる。

しかし、結局本件配転後原告ら三名の担当教科に変更はないこと、配転は当初昭和四九年春の実施が予定されていたが、常葉教組との交渉の結果一年延期されたことは当事者間に争いがなく、(証拠略)を総合すれば、常葉、橘、菊川の三高校において一校一教科一名、同一校につき総教員数の一割以内とし、夫婦者、勤務年数の長い者を対象者とするという方針で、原告ら三名を含む一三名の者を対象として昭和五〇年春の配転を実施したこと、配転の内示以前に書面で希望聴取をしていること、配転時期が学校教育の年度替りに合わせてあること、原告内野は一六年間、同引田は一四年間、同井石は八年間、常葉中・高校にそれぞれ長期間勤務していたものであること、教員免許上、理科の中で自分の得意とする分野以外を教えることができないわけではなく、また学級担任になった場合には、その学級を教えるために、その学級に限って得意でない分野を担当することはよくあること、原告内野も物理以外全く教えられないわけではなく、昭和五二年度以後は化学も教えていること、が認められる。

以上の事実から本件配転が著しく教育効果を阻害するものと推認することは困難であり、(人証略)中本件配転が著しく教育効果を阻害するものである旨の各供述部分は、たやすく採用できず、他にこの点につき原告ら三名主張事実を認めるに足る的確な証拠はない。

(三)  協約第一項について

(証拠略)を総合すれば、昭和三六年常葉教組が結成されたこと、原告内野は組合結成の準備活動から関係し、組合結成時に、初代副委員長に選出され、副委員長、執行委員を交互に数年ずつ昭和四四年までつとめたこと、原告引田は、組合結成時から書記局員をつとめ、その後執行委員、執行委員長、書記長、常葉支部長などを歴任し、さらに昭和四九年には、結成されたばかりの私教連の書記長になっていたこと、原告井石は、雇用されてまもなく常葉教組に加入し、昭和四四年組合委員となるなど、組合の諸活動に積極的に参加していたこと、また、原告井石の夫である井石誠一も組合活動家で、昭和五〇年三月当時には、組合三役の一員である書記長であったこと、昭和五〇年春の配転において総一般教員配転者一三名中組合員は九名、非組合員は四名であり、右組合員のうち配転希望者は三名であったこと、昭和五〇年から昭和五六年の間の配転者は合計五七名(管理職一一名、一般教員四六名)で、一般教員総数一六五名のうち組合員が六〇名であるところ、一般教員配転者四六名のうち組合員は三〇名であって、組合員のうち五〇パーセントの者が配転されているのに対し、非組合員一〇五名のうち配転者は一六名でその比率は一五・二パーセントに過ぎないこと、希望して配転された者を除くと、組合員の配転者は二一名で組合員総数に対する比率は三五パーセントであるのに対して、非組合員の配転者は一四名で、非組合員総数に対する比率は一三・三パーセントに過ぎないことが認められる。

しかし、他方、昭和五〇年春の配転における非組合員配転者四名のうち配転希望者は一名しかいないこと、最近の新規採用者は、組合に加入しない者が多く、しかも、勤務年数が短いので配転対象者とされることが少いためこれらの者の存在が、配転者中に組合員が占める割合を増加させているとうかがえること、配転をめぐる紛争中ストライキが実行されたものの、常葉教組の組合活動は過激ではないこと、被告は常葉教組から組合加入者の通知を受けてないところから、組合の構成等の詳細を把握していたとはいえないこと、被告が組合活動家に対しても、教科、学級担任、クラブ指導、校務分担をさせていたことも、前記各証拠により認められるのであって、この事実に照らすと、前記事実から直ちに被告が組合活動を嫌悪し、特に不利益な取扱いを意図して原告ら三名に対し本件配転を実施したとすることはできない。

(人証略)及び原告ら三名各本人尋問の結果中協約第一項に関する各供述部分は、右事実に照らし採用し難く、他に協約第一項違反の事実を認めるに足る証拠はない。

(四)  協約第三項について

本件配転の内示以後、常葉教組は被告と団体交渉を重ね、原告ら三名を含む配転の撤回を求めたが、被告はその内示を変更せずに発令したため、結局、原告ら三名が配転に不服である旨の文書を送付した上で、転勤したことは前記二のとおりであるが、協約第三項は、「希望をできるだけ配慮する。」というものであって、本人の意思に反する配転をしないという内容ではなく、被告が内示以前に書面で希望聴取をしていること、昭和五〇年春の配転において、希望どおりの配転を受けた者もいることも前記認定のとおりであって、これらの事実に照らすと、頭書の事実から本件配転が協約第三項に違反すると認めることはできず、他にこの点を認めるに足る証拠はない。

(五)  協約第四項について

被告が昭和五〇年二月二八日、原告ら三名に対し配転を内示した事実は当事者間に争いのないところであるが協約第四項の「対象者に原則として意向を示す」とは、配転の理由を本人に示すことを意味するものではなく、どのような配転を実施するかを示すことで足りると解されるところ、原告ら三名に対し前記のとおりそれぞれ橘高校に配転する旨の意思表示がなされているのであるから、事実無根の配転理由が示されたので、同項に違反するとの原告ら三名の主張は、それ自体失当といわねばならない。

(六)  協約第五項について

(証拠略)を総合すれば、原告引田は、本件配転当時常葉教組の三役ではなく、その上部団体である私教連の書記長であったこと、団体交渉その他において同原告は組合の中心的役割を果たしていたこと、原告井石の夫は本件配転当時常葉教組の書記長であったことが認められるものの、協約第五項の「組合三役」とは、常葉教組の執行委員長、副委員長、書記長の三役を指すことは明らかであって、原告引田及び同井石に対する本件配転が同条項に違反するということはできない。

3  不当労働行為の点について

前記三の2の(三)に認定したとおり本件配転が、常葉教組の組合員を非組合員よりも不利益に取扱ったと認めることができないし、本件配転が原告ら三名に対する懲罰的な意図を以てなされたことその他原告ら三名主張の不当労働行為に該当するとの事実を認めるに足る的確な証拠はないので原告ら三名の右主張は理由がない。

4  労使慣行違反の点について

被告は、学園設立以来本件配転に至るまで教員の定期異動を行なってこなかったこと、定期異動を行う旨表明したのは、昭和四九年二月になってからであることは前記二で認定したとおりである。

しかし、他方、(証拠略)を総合すれば、昭和四九年に初めて定期異動を行なう旨表明したのは、昭和四八年ころ被告の事務局である本部の陣容が整うまでは、全学的な定期異動を行なうのは事務的に困難であったし、また昭和四七年に菊川高校が開校してから、新設校では施設が完備しているが、教員経験の乏しい新任者が多く、既設校では、施設は古いが、経験豊富な長期勤続者が多いという、定期異動を必要とする各学校間の較差が目立ってきたからであることが認められ、この事実に照らすと、前記事実から直ちに原告ら三名主張のような慣行が成立していたと認めることはできないし、他に右慣行の存在を認めるに足る証拠はない。

5  人事権濫用の点について

(一)  原告ら三名の生活上の不利益

(証拠略)を総合すれば、原告内野は、子供を常葉中・高校の近くの保育園に通わせていたため、直接橘高校に行くよりも約二五分早い午前七時三〇分ころ自宅を出なければならなくなったこと、原告井石は、自宅から常葉中・高校までは約四キロメートル(直線距離、以下同様)であったが、橘高校へは約八・五キロメートルあって、本件配転によって通勤距離が長くなり、そのため通勤時間が約倍の一時間余りかかるようになったこと、子供の病院通いのため苦労したことが認められるが、他方、原告ら三名の転勤先である橘高校は、従来の勤務校である常葉中・高校と同じく静岡市内で、常葉中・高校から北東約四・五キロメートルとさほど遠くない位置に所在すること、原告ら三名は、本件配転により住居を変更したり、その家族と別居しなければならなくなるという事情にはないこと、通勤距離について見ると、原告引田の場合は、橘高校までは約四・五キロメートルであり、常葉中・高校までの距離約八キロメートルより短いこと、原告内野の場合は、橘高校までは一キロメートル弱であり、常葉中・高校までの距離約三・五キロメートルより短いこと、そして同原告の子供は現在では小学校に通っており、保育園通いの苦労は解消していること、原告井石の場合には、通勤バスの便もあり、また同原告は義母と同居していて、日常生活のてだすけをしてもらえることなども認められるのであり、これらの事実を勘案すれば、原告ら三名の生活上の不利益が著しいものと認めることはできず、この点についての原告ら三名各本人尋問の結果は前記事実に照らしにわかに採用しがたく、他にこの点を認めるに足る証拠はない。

(二)  原告引田の組合活動上の不利益

原告引田本人尋問の結果によれば、同原告は本件配転後私教連書記長の職を辞したこと、しかし、私教連の事務所は静岡市内にあり、また自家用車で通勤している同原告にとっては、配転の前後を通じて他の組合事務所に行くなどの対外的活動時の交通の便にはさほど変化がないことが認められ、これらの事実からすれば本件配転による原告引田の組合活動上の不利益は著しいものであるとすることはできない。また、右原告が私教連書記長を辞任した一因が本件配転にあるとしても、私教連は常葉教組の上部団体であって被告に雇用される教員の組合ではないのであるから、本件配転を以て同原告に組合活動上の不利益を課したとすることはできない。同原告本人尋問の結果は採用し難く、他に右の点につき同原告主張の事実を認めるに足る証拠はない。

(三)  原告ら三名の教育活動上の不利益及び配転の必要性

前記三の2の(二)において認定した事実関係からすれば本件配転により、ただちに、原告ら三名に対しそれぞれ原告らが主張するような教育上の不利益を生じたものとは認めがたいし、配転の必要性についても被告の広範な裁量に任せられているところであって本件配転が明らかに教育効果を阻害するような裁量権を濫用したものと認められないことも前記認定のとおりである。

(四)  信義則違反の点について

前記二で認定のとおり、本件配転の前年である昭和四九年春、被告は、人事異動を実施すると公表してから、常葉教組と交渉し「覚書」を取交わして協約を締結し、配転時期を一年遅らせたこと、被告は、右協約に基づき昭和五〇年一月配転の基本方針を発表し、その後の団体交渉においてさらに右方針の内容を明らかにし、同年二月一一日配転を内示し、その後も配転について常葉教組及び配転対象者と交渉の機会をもったことなどの事情に照らすと、結局被告が原告ら三名を説得できなかったとしても、本件配転が信義則に反するとはいいがたく、他に本件配転につき被告に信義則違反があったとの事実を認めるに足る的確な証拠はない。

以上のとおりであって、本件配転による原告ら三名の不利益は著しいものではなく、また配転手続も著しく不当ではなく、信義則に違反するものでもないのであるから、本件配転が人事権の濫用であるということはできない。

四  結論

以上のとおり、本件配転には原告ら主張のような無効原因は認められず、原告らの本訴請求はすべて理由がないのでこれをいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高瀬秀雄 裁判官 松田清 裁判官駒谷孝雄は転任のため署名捺印することができない。裁判長裁判官 高瀬秀雄)

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